「ブレーメンに行きたい」少年ムサシものがたり vol.5

「ブレーメンに行きたい」少年ムサシものがたり vol.5

立志編 2


  05年4月。3年生になった。所属チームによるフランスへの10日間の海外遠征が行われた。遠征中に「日本代表選出」の連絡が入った。 背番号は「10番」。同世代の全国のトップ選手が集まる中、少年への期待の大きさがうかがわれる。


 フランス遠征から帰国して2日後、イタリアにとんぼ返り。日本代表としてフランコ・ガーリーニ国際大会に出場した。同大会はイタリアのクラブ17チームを中心に、日本など3カ国の代表チームなど32チームが出場した。



 予選2試合目のアメリカ・ピッツバーグ戦でゴールも決め、チームは快勝した。予選リーグは3勝で1位通過。決勝トーナメントもオランダ、イタリア、オーストラリアのクラブチームを破って勝ち上がり、決勝では名門クラブのユベントスU-15を2対0で破り、見事に優勝した。

 


 まさに絶頂期である。とどまることを知らない成長ぶりだった。 
そして帰国。5月初めには所属チームが各国クラブユース代表が出場するU-15ワールドカップ出場のためにドイツ・ブレーメンへ遠征した。ここでも1週間のドイツ滞在となった。



 なんと1カ月間にフランス、イタリア、ドイツとヨーロッパ3カ国へ連続しての遠征だ。度重なる飛行機による移動は、乗り継ぎを入れて片道20時間近くかかることさえあった。慣れない機内食、そして国際試合という極度の緊張が続いた。このとき、少年は自分の体内に起きている見えない変化の兆候にまだ気がついていなかった。


 
 少年が帰国後、あの「病気」は再発した。所属チームの指導者に突然「オレ、ブレーメンに行きたい」と直訴したのである。思ったらすぐ行動する例のパターンだ。



 ドイツ遠征中、ブレーメンのクラブのサッカーへ取り組む姿勢や、その素晴らしい環境に少年は心を奪われた。「ここでやりたい」と強く願った。現地で元ドイツ代表のスポーツジャーナリストから少年のプレーが高く評価され、アドバイスをもらったこともあり、少年自身の手応えとなっていた。



 チームもこの直訴を前向きに受け止めてくれ、ブレーメンに連絡を取ってくれた。少年はもうその気で、ドイツ行きの準備を始めた。が、現地の日本人学校が廃校になることがわかり、ブレーメン側から「受け入れが難しい」という状況が伝えられた。
 これで少年の「ドイツサッカー留学」の夢はひとまず消えた。

 

続く

 

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