「自分を生かせるのはミッドフィルダー!」 少年ムサシものがたり vol.4

「自分を生かせるのはミッドフィルダー!」 少年ムサシものがたり vol.4

立志編 1

柏市の中学校に入学。Jリーグジュニアユースのメンバーは30人だが、セレクションなどで半分が入れ替わった。少年は主力としてレギュラーを確保している。


 この年代の最大の目標は、「ナイキプレミアカップ」。スポーツメーカーのナイキ社が主催する国際大会だ。各国1チームが出場し、「世界一」を決める。 前年は少年の所属するJリーグジュニアユースチームが日本代表として出場。「世界7位」の結果を残した。



 千葉県の決勝。相手は同じ千葉県のJリーグチーム。お互い優秀な選手を揃え、指導者もトップレベルだ。
 無念のPK負け。前年に続きPKに泣いた。



 しかし、少年の実力はチームという枠を超えて認められるようになった。この年からナショナルトレーニングセンター(通称・ナショトレ)のメンバーに選ばれた。日本サッカー協会が行うトップレベルの講習会で、将来の日本代表候補に期待される選手を集めて、強化・指導するプログラムだ。



 中学2年。転機が訪れた。それまでのMF(ミッドフィルダー)からDF(ディフェンダー)へのコンバートである。指導者の意図は守備の意識を植え付けさせるためだと思われたが、本人は不満だった。
 しかし、文句ばかり言ってはいられない。持ち前の順応性の良さを生かしてディフェンス力を身につけていく。元々冷静な少年は守備に入ってもあわてることなく、安定したDFに育っていった。
 幸か不幸か、この成長が認められ、JFAのエリートプログラムに選出された。全国から将来性のある優秀な選手を集め、「サッカーのエリート教育を実施する」プログラムである。 選出は名誉なことだが、少年にとっては「DFでの選出」が納得できなかった。
 少年の気持ちはプレーにも表れるようになり、その不満が爆発した。
 指導者に直訴したのである。

 「DFはやりたくない。自分を生かせるMFをやらせてください」



 強い気持ちは押さえない。とにかく行動。私は少年のこの超積極性をそれ以降、「病気」と呼ぶようになる。
 少年の申し出は指導者の気に触るものだった。
 プロの指導者が少年の力量を見極めコンバートし、その結果、エリートプログラムに選出されたのだから、本来であれば感謝されるべきである。それをこの地位を捨てる覚悟での「申し出」は理解できるものではなかっただろう。困った「病気」である。



 案の定、それから試合に使われなくなり、ベンチを温める日が続いた。当然、この後のエリートプログラムにも選出されなかった。
 自分で決めた行動だから落ち込んでいるわけにはいかない。少年はMFでの自分に磨きをかけた。そして、チャンスはやってきた!
 所属チーム主催の小さな大会にMFとして出場し、今までのウップンを晴らす活躍を見せた。優勝、そして大会MVP。
 MFの位置を自分の力で揺るぎないものとした。あっぱれ。
 この大会から不動のMFとして少年の地位は確立され、その後もすばらしい活躍を続けた。今度はMFでナショナルトレーニングセンターのメンバーに選出されることになった。

 

いよいよU-15日本代表の選考が始まった。新しいステージへの挑戦だ。

 

 続く

 

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