「一人でも寂しいことはなかった。サッカーがあったから」 少年ムサシものがたり vol.3

「一人でも寂しいことはなかった。サッカーがあったから」 少年ムサシものがたり vol.3

番外編

お父さん、これが僕の戦う姿です。

 
柏に移り住んで最初の1年。いくらお母さんが一緒とはいえ、お父さん、そして姉や弟と離れて暮らす寂しさは想像に難くない。頼りのお母さんだって仕事の関係で月に何度か島に帰らなくてはならず、そんな時、少年は一人で食事の用意や洗濯をして耐えた。小学生が誰にも見送られずに学校へ行くことのつらさ、寂しさ。自分で望み、選んだサッカーの道だから弱音は吐かなかったけれど、少年の心境を思うと、私にとっても胸が痛い時期だった。



 そんな中で、最も印象深いできごとが、少年の「ゴールキーパー事件」だった。
 Jリーグチームに加入して10カ月が経過したころ、島へ帰るお母さんと入れ替わりで、お父さんが初めて試合を見に来ることになった。試合会場はプロが使用する柏サッカー場。これ以上ないシチュエーションだ。
 少年は燃えていた。猛烈に、燃えていた。
 試合前日、少年はお父さんを柏駅の改札口まで迎えに行き、合流することになった。少年は心躍らせて駅の改札でお父さんの到着を待った。しかし、待ち合わせ時間から1時間経ってもお父さんは現れなかった。



 そう。お父さんが乗るはずだった最終便が欠航したのだった。少年の携帯電話は、いつもながら電池切れで連絡がつかない。
 久しぶりにお父さんと会えるうれしさのあまりに、携帯の電池切れも、島には欠航がつきものだということもまったく思いつかなかった。お父さんが来ると信じて疑わず、何時間も待った。
 結局、その日、少年を迎えに来てくれたのは「お巡りさん」だった。少年を心配したお父さんが、島から柏警察署に連絡して事情を話し、駅で待つ少年を捜してくれるようお願いしたのだった。
 お父さんが来られないことを知った少年はショックに打ちひしがれ、誰もいない家に帰った。
 どうしても少年の試合を見なくてはならない。翌日、お父さんは朝一便の飛行機に乗り、少年の試合に駆けつけた。



 前フリだけでも、これだけドラマがあった大事な大事な試合。その日、少年が監督から告げられたのは、「ゴールキーパー」のポジションだった。
 GKのユニフォームに着替えながら号泣する少年の姿は、痛々しかった。あんなに泣きじゃくる少年は初めて見た。お父さんも少年の晴れ姿を見て、一緒に涙した。
 少年の悔しさは痛いほどわかった。お父さんへの最高の恩返しは「試合で活躍する姿を見せること」と心に決めていた。初めて見に来てくれたお父さんに、自分の成長した姿、戦えている姿を見せたい。そんな思いの少年に、監督の指示はあまりに冷酷なものだった。
 本当に思い出深いできごとだ。

              (番外編・完結)

続く

 

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