「はじめて自分より上手いやつがいた」 少年ムサシものがたり vol.2

「はじめて自分より上手いやつがいた」 少年ムサシものがたり vol.2

パスがこないなら、パスはしない

 2次試験に臨む17人はみんないい面構えだ。ここに約30人のJリーグチーム所属選手が登場した。揃いの練習着がカッコイイ。同級生なのに、なんだか大きく見える。受験者に所属選手たちの視線が刺さる。まわりの見学者は50人以上。所属選手たちの父兄が来ていたためだ。合格者が出れば自分の息子のポジションが危うくなるのだ。

 

 2次試験は所属選手に受験者が加わっての試合。あたりまえだが所属選手はうまい。連携もとれている。所属選手にとって受験者はここで芽を摘んでおくべき存在だ。すべてが厳しい条件である。

 

 少年には全くパスが来ない。見ていて歯がゆい。なんとかボールに絡もうとするがうまくいかない。時間ばかりが過ぎてゆく。その時、少年が今までと全く違うスタイルを見せ始めた。

 

「パスが来ないなら、パスしない」である。

 持ったボールを離さずドリブル。才能発揮のチャンスだ。3人に囲まれる。相手はさすがの連中だが、少年も強気の姿勢は崩さない。技術ではなく持ち前の身体能力で抜こうとする。失敗。だが何度もトライする。ムキになっている。

 

 その表情は「このままでは島に帰れない」と叫んでいる。少年と所属選手では背負っているものが違う。次第に力が発揮されはじめる。もうこうなったら「止められない」。

 

 お互い真剣勝負である。サッカーというよりは「個人競技」だ。意地とプライドがぶつかる。見応え十分の2次試験はあっという間に終了した。出来が良い、悪いという問題ではなく、「戦った実感」だけが残った。

 

 正直な話、結果はどうでもいいと思えた。互角に渡り合えて、私は満足していた。少年も達成感に包まれているようだった。どのくらい時間が経ったのかわからないが、2人ともしばらくの間無言でいた。そして結果が発表された。 

 

 2次試験の合格者7人に少年は残った。驚きはない。「当然」である。でも、本心はお互い「よかった。安心して島に帰れる」だった。270分の7。すごい結果を残した。しかし、セレクションは終わったわけではない。      



激しくぶつかり合う意地と夢

 2次試験から4カ月後の03年2月。3次試験の日はやってきた。天気はまたしても雨。

 

 受験者は7人。最初の270人から生き残った精鋭である。試験まであと小1時間。少年を除く5人は、雨の中でものすごい勢いで保護者とアップを始めている。

 

 2人とも焦りはなかった。

 「みんなうまいな~」

 「うん。そうだね」

 ぼんやり話していた。

 雨の中で無理にアップするより、ギリギリまで体力を温存したほうが正しいと信じていた。

 

 というのも、2次試験合格から4カ月間、私と少年はしっかりと準備ができた。毎日1時間は一緒にボールを蹴る時間を確保した。ボールを蹴らない日は私の自宅から八重根港まで走り込んだ。「ここにいる誰より、時間も中身も濃いトレーニングとコミニュケーションを積み上げることができた」という揺るぎない自信に包まれていた。

 

 試験は十分なアップから始まることを少年は知っていた。開始20分前、「少しやっておくか」とお互い思い、軽くボールを蹴ることにした。

 いよいよ試験開始。

 

 Jリーグチームはフルメンバーで待ちかまえ、所属選手も交えた試合がスタートした。2次試験以上に所属選手からは「受験者は邪魔者」との雰囲気をあらわにした厳しいタックルが容赦なく飛んでくる。遠慮していたらはじき飛ばされるし、アピールできない。受験者もみんな必死で負けない当たりを繰り出し、戦った。

 

 ところが少年は全く気負いがない。タックルは完全に見切り、スルリとかわす。勝負どころで戦う「いつもどおりのサッカー」ができていた。ルーズボールにしっかり対応し、「走り負けない」「当たり負けない」プレーを続けた。

 午前中のゲームが終わり、昼の休憩。「勢いは少年にある!」私は手応えを感じていた。

 

 昼食は最初から前回と同じラーメン屋と決めていたので、濡れた体を拭きながら一目散に店まで走った。今回もラーメンライスに餃子付きを完食。午後もがんばるぞという気持ちと裏腹に、雨の勢いは増していった。

 

 午後のセレクションは1時間で終わるという。泣いても笑っても1時間の勝負だ。ゲーム形式の試験はヒートアップしてきた。所属選手の意地と受験者の夢がぶつかり合う。そんな極限状態の中でも少年の表情は穏やかに見える。いや、あれは笑顔だ。明らかに「幸せそう」で「楽しそう」である。見ている自分も微笑んでしまう。

 セレクション終了の笛。

 

 今回も満足と達成感の出来である。あとは幸運を祈るしかない。

 結果発表は3日後。とにかく「胸を張って島に帰ろう」と少年と話して帰路についた。表面上は見せなかったが、少年の疲労は相当だった。帰りの電車・飛行機とも眠り続け、機体が島に着陸したショックでようやく目を覚ました。


運命の背番号「8」。

 
新学期は目の前。小学校の転校に住居選び。やることは山のようにある。そして私自身も転勤で東京に戻ることになった。

 03年4月。少年は柏市内のアパートにお母さんと越してきた。部屋はワンルーム。練習場までは徒歩10分だ。Jリーグチームの6年生メンバーは21人。全員がライバルだ。この年代最大の目標は「全日本少年サッカー大会」。Jリーグチームは優勝したこともあり、前年も全国3位。千葉県では優勝候補の一角である。



 5月、千葉県予選が始まった。1、2回戦は前年優勝のため免除。3回戦が、少年の公式戦デビューになる。少年のほかに20人も優秀な選手がいるのに試合に出場できるだろうかという心配がつきまとう。
 試合前日、ユニホームが配られ、先発が発表された。少年の背番号は「8」。八丈島の「8」である。とてつもない運命を感じないわけにはいかない。



 初戦、少年は先発出場だった。
 試合当日、少年とお母さんを迎えに行く。緊張より、むしろ期待に胸膨らむといった雰囲気。相変わらずの落ち着きだ。少年と違って私とお母さんは「緊張」していた。試合会場にはかなりの数のチームが揃っていたが、中でもJリーグチームは注目の的である。



 試合開始と同時に驚いた。まだ柏に来て1カ月なのに、ものすごい成長ぶりだ。全ての面でレベルアップしており、おまけにチームの中心として機能していた。試合は大差での圧勝。「今年もJリーグチームは強いな」。周りから聞こえる声に優越感を感じた。続く4回戦も大差で勝ち準々決勝へ駒を進めた。



 5月8日、準々決勝当日。前日次女が生まれたので応援には行けず、お母さんからの連絡を待ったが、夕方になっても連絡がなかったためこちらから電話を入れる。



 負けた。PK戦での敗北。

 サッカーではよくあることだ。一方的に攻め込みながらも得点を奪えず、PK戦で。
 よくあることだが、「負けた」その一言が重かった。勝利を信じ、いや勝利しか考えていなかったためかショックがとてつもなくデカイ。少年の落胆も大きかった。全国大会に出てお父さんや姉弟を呼ぶことが恩返しと考えていたからである。勝負の厳しさ、心の油断、さまざまな勉強をさせてもらった大会だった。

 

 この大会での活躍が認められ、夏に千葉県選抜としてイタリア、オランダ遠征に参加することができた。所属チームでも韓国遠征に参加した。

 まさに風雲急を告げた少年の小学時代が終わった。

風雲編・完

続く

 

 

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